怒らず、恐れず、悲しまず一覧

怒らず、恐れず、悲しまず

どのようなことに腹を立てるかでその人の器量がわかりますよね。

器量の小さい人は腹を立てている相手は、身近な人ばかりです。

家族であったり、知人であったりします。

また、会社の上司や同僚や部下であったりします。

よく考えてみると私が腹を立てている相手は味方の身内ばかりです。

本当に小さいことに腹を立てていると思います。

私は味方である身内に自分の事で腹を立てていることが多いです。

自分でも器量が小さいなあと思います。

普段の生活の中では「怒らず、恐れず、悲しまず」を実践したいです。

簡単に腹を立てることより、人生の中でいけないとされているのは「恐れる」事です。

何を恐れるかというと、恐れることのほとんどが「失うことの恐れ」です。

それは自分の命だったり、家族のような大事な人だったりします。

会社での立場や社会での立場も失うことを恐れます。

そして、物質で言えば、お金を失うことも大変な恐れです。

人の命には限りがあります。その限りを恐れていても仕方ありません。

その限りの中で一生懸命生きていけばいいだけです。

この世での時間を失うことは、あの世に戻っていくだけです。

人との別れも必ずあります。だからこそ、縁の深い人とは心のこもった付き合いをしたいものです。

お金はあの世まで持っていけません。物々交換を便利にしたただの券です。

失うことの恐れがなくなったら、悲しむこともなくなっていきます。

怒り、恐れ、悲しみは自分自身だけの事が多いです。

本当に腹を立てるべきは自分以外の世の為、人の為の事にしたいものです。

自分が失うことの恐れより、天下国家が失う大事なことに恐れたいです。

自分の事より人類の事を悲しみたいです。

普段の生活では、自分自身の事では「怒らず、恐れず、悲しまず」を実践していきたいです。

U-5

胸をえぐられるような判断

2009年の12月、元F1レーサーの片山右京さんら男性3人が富士登山中に遭難しました。

片山さん以外のお二人は亡くなりました。

片山さんは18日午前7時半過ぎ、

県警御殿場署に「一緒に登山していた男性1人が死亡した。もう1人の体調も悪い」と伝えました。

救助を待ちましたが、もう1人も死亡したようだったので、午前11時ごろに単独で下山を始めました。

安っぽいヒューマニズムで考える人は片山さんが2人を残していったことに批判的だとおもいます。

マスコミが「片山さんが登山仲間を残したまま下山しましたが、どう思いますか!」という質問をしています。

これはあまりにも浅はかな質問だと思います。

マスコミが片山さんを冷酷な判断をした人物に持っていきたいような感じです。

私は自分がその立場だったらどうするだろうか、と考えました。

自分は生き残らなければならないので、仲間の二人に手を合わせて下山すると思います。

世間の皆さんからは片山さんが2人を残して下山したことに対してのコメントをたくさん見ました。

マスコミの誘導とは反対に「正しい判断をした」という声が多くあがっているようです。

登山家の野口健さんのコメントもありました。

片山さんが仲間を残したまま下山したのは間違えていなかったとコメントしています。

自分も最後は生き延びなければなりません。

冷たい表現に写る事を覚悟で冒険では基本的には自己責任が求められるものとコメントしています。

野口さんも昔に同じ経験をされたことがあるそうです。

この事故を知って、片山さんと過去の自分が重なり、辛く胸をえぐられる様な痛みを感じたとコメントしています。

登山というきわめて特異な状況の中での出来事です。

しかし、日常生活の中でも胸をえぐられるような判断をしなくてはならない時がくるかもしれません。